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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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隠岐汽船でのフェリーの旅は雄大でのんびりでなかなか楽しかった。

とはいえ、やはり鉄分不足は深刻だったようだ。

本土の七類港に到着し、島根県と鳥取県の県境にある境水道大橋を渡り、

境港駅が見えてきた時、本当になんとも言えないホッとした気持ちがしたのだ。


現在はすでに駅舎が建て替えられてしまったらしいが、

こじんまりとした何の変哲もない小さな白い駅があの日、僕を迎えてくれた。


駅舎に向かって左の方、フェンスの向こうに境線の車両が見える場所で、

僕は、乗ってきた自転車を解体して輪行袋に詰めながら、

これから乗ることになる列車の姿を見つめていた。


列車と言ってもキハ40の2両編成だから、単行でも走れる車両をつないだものだ。

言ってみれば、とりあえず “列車”。


さて、今回はちょっと不思議な感覚だ。

いつもなら線路の果てを目指して、たどり着くのが終端駅!という感覚だが、

この度は境線の終点、そして終端駅ある境港駅に自転車でやってきた。

つまり、線路の果てから乗る、今まで味わったことのない感じなのだ。


僕は窓口で、「大阪市内への切符、学割でお願いします」と言った。

当然のように、マルスタイプの切符が出てくると思っていたのに、なんと硬券

しかも大阪市内行きというのがちゃんと準備してあることに非常に驚いた。

国鉄最後の夏に味わえた「ちょっと昔」テイストだ。

やっぱり、おき西郷港で指定券を購入した時、乗車券を断っておいて良かった!

こうして、しっかり学割を示すスタンプが押された切符を手に、改札を通り抜けた。


フェリー到着後の最初の便ではあるが、七類港からわざわざ境港まで渡って

国鉄を利用しようなんて人は皆無に等しい。

おそらく普段どおり通勤通学で活用している人たちなのだろう。

2両の列車はそこそこの余裕を保ったまま出発の時を待った。
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おき西郷港の窓口で購入しておいた、手書きの切符を使う時が近づいた。


僕の帰りのルートは、来た時と同様、隠岐汽船の七類行きの船に乗り、

七類からは、島根半島と弓ヶ浜の境港市を結ぶ境水道大橋を自転車で渡り、

境港駅から境線に乗るというものだ。



隠岐の島から本土に渡るにはマリンスターという高速船を使うと速いのだが、

何と言っても運賃が高い。

(今ではそのマリンスターに代わりレインボー2がその役を担っている)

僕はのんびり航海のフェリーおきじ を利用した。


西郷港に入港するフェリーおきじ

2時間半に及ぶ船旅はPL学園対帝京高校の中継であっという間に過ぎた。

ノーヒッター芝草宇宙はここで打ち込まれてしまった。



七類港から予想外に境水道大橋は近いらしい。

確かに走り始めてまもなく、その大きな橋が高いところにあるのが目に入った。

しかし!そこからの上り坂は14%!

その後今に至るまで標識に14%もの数字が表示されているのを見たことはない。

とにかく強烈なインパクトある坂をのぼって橋へ。


今はどうか分からないが、その時は自転車も通行料金を支払った。

たしか30円だったか・・

そして坂を下って右へと曲がると境港駅に到着。

ついに、ちょっと欠乏していた鉄分を味わえる時が来た。

長い長い夏の旅行が最後の鉄道編で締めくくられようとしている。
日本海の離島、本土から60キロも離れた隠岐の島。

離島ならではの常識、文化、風景、人柄など、色々なものを楽しめた夏。

ただ、いかんせん鉄分がゼロ。


さて隠岐の島での最後の数日、まだ行っていない所にも幾つか連れてってくれた。

隠岐・島後の西側の村、都万村に泳ぎにも行った。

奥津戸というところで泳いだが、イシダイの小さいのがいっぱい!

この海は本当にきれいだった。

そしてカニがチョコチョコ歩いている。赤いのや褐色のもの、ワタリガニまで。


それから隠岐空港にも連れて行ってもらった。

建て替えを目前にひかえた時期の、小さな建物が印象的だった。



さあ、隠岐の島から離れる日がもう目前だ。
隠岐の島で、高校1年の夏休みのほとんどを過ごした僕だが、

この島で一人のおじさんと知り合うことができた。

先日布施村の浄土が浦に行った時に親しくなったおじさんだ。

そのおじさんに教えてもらったのだが、隠岐汽船の「おき西郷港」に行くと

国鉄の指定券を買うことが出来る窓口があるとのこと。



それを聞いて僕は早速、渡船場に行ってみることにした。

「船の切符売場やというのに、国鉄のマルスの端末機械があるんかな」

とかなんとか思いながらワクワクしながら行ってみた。



そして窓口でおじさんに向かって言ってみた。

「8月21日発の だいせん6号、指定席で米子駅から
大阪駅。乗車券は不要です」

すると「わかりました。暫く待っていてくださいね。」とのお返事が。

マルスの端末機らしきものはどこにも見当たらない。

そしてその職員さんは突然どこかに電話を掛けはじめた。

「え?どういうこと?いったい何しゃべってるんやろ。・・・・・ん?」

すると、約2分経過して「お客様、指定券取れましたよ」とのこと。

そう、やはりここにはマルス端末などはなく、

国鉄米子駅に電話して空席があったら手書きの切符を作るという方式なのだ。



それでもしっかり切符には国鉄券の模様が入っている。

この国鉄最後の夏の切符が、今でも僕の貴重な
コレクションの一つとなっている。
 国鉄手書き切符・指定券

隠岐の島に入って二日目。

僕は親友に車で隠岐の島のあちらこちらを案内してもらった。


昨日行った布施村を通らず、島の北側へ、五箇村に行った。

島の裏側の小さな小さな村だが、思いもよらないビックリの事実をここで知った。

あの、領有権問題に揺れる、遠い遠い竹島がこの五箇村の一部だというのだ。

これには、小笠原諸島が東京とだという以上の驚きがあった。


その後、中村海岸に行った。漁港拡張工事をし始めたようだ。

この海岸は桜貝や紅貝の貝殻が時折、海岸に打ち上げられる場所だったらしい。

親友は何度かここで拾ったらしく、漁港工事が進むと採れなくなると心配していた。


この海岸沿いに出ていた店で、サザエのつぼ焼きを食べた。

採れたて、焼きたては本当に美味しい。

しょうゆの香ばしい匂いがまわりじゅうに広がった。


その後、ローソク島を見に行った。

ローソクのような形に海の中に突き出ている島(岩?)に、

沈んでゆく夕日が重なると、ローソクに火がついたように見える、

すごい美しい景色になるという。

まぁ、そんなにうまく重ならないが・・・・。


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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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