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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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1986年8月21日22:34。 

夏休みも残り10日を切ろうとしていたころ、定刻通りに国鉄米子駅を出発。

線路の向こう側では先ほど
撮影し、触れることもできた、いそかぜ号が。

どんどん遠ざかり、いそかぜもホームの灯りも小さくなっていった。

さよなら山陰!さよなら~さよな・・・・・


そんなふうに、寂しさ以上に疲れが襲ってきて、すごい勢いで爆睡してしまった。

次に目ざめた時にはもう和田山。

「さっき、鳥取県の西の端やったのに・・・」まるでワープでもしたかのような感じだ。

薄暗い駅のホームにゆっくりと列車は滑り込んだ。

真夜中。乗降客など一人もいない。

そして、何事もなかったかのように走り出す列車。


その後、
福知山からは山陰本線を離れ、篠山口を通り、大阪へ。

帰りの道中は時折目を覚ましはしたものの、ぼんやりしていて記憶はかすか。

終点まで乗った急行だいせん6号の旅は、幻のような、あっけないものだった。



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1986年夏の・・・言い換えれば国鉄最後の夏の鉄道旅行もこの夜が最後の夜、

まもなく到着する夜行急行だいせん6号に乗ってしまえばそれで最後。


米子駅での鉄道写真撮影会を存分に楽しんだが無性に寂しさがこみ上げてきた。

僕は、写真撮影の間ずっと柱に縛り付けておいた自転車を解きに行き、

帰りの乗客として乗り込む準備が整った。



ディーゼル王国・山陰とはこれでしばらくお別れ。

次に訪れるのはいつだろう。いずれにしても国鉄米子駅は見納めだ。

そんな気持ちにお構いなく、DD51&20系の重厚な編成の列車がやってきた。

今から僕が乗る、急行だいせん6号だ。


発車まで少し時間があったが、まずは座席を確認しておく。

帰りの列車はもうお盆休みを過ぎていたからか、それほど混雑はしていなかった。

もう、ちょっと遠い昔の様な気がするが、急行だいせん5号の時はいっぱいだった。

帰りは輪行用のスペースも十分な余裕があり、安心してデッキにくくりつけた。

長い停車時間があったはずだが、非情にもその時間は飛ぶように過ぎた。

22:34。 急行だいせん6号は、定刻通りに米子駅を出発。


上り急行だいせん6号の手書き切符

国鉄米子駅から東西へそれぞれに出入りするディーゼル特急たち。

小郡に行く特急おき、大阪へは特急まつかぜ、そして博多行特急いそかぜ など、

キハ181が来ては折り返す駅。

キハ181系ディーゼル特急おき

間をぬって岡山からの電車L特急やくも が花を添える。

ちなみに、この特急やくもは伯備線電化前の181系時代にもL特急扱いで、

ディーゼル特急としては当時唯一の存在だった。もしかしたら歴史上唯一かも。


この駅には他にもキハ58系急行の姿やヘッドマークつきの
ライナー系快速も来る。

わくわくするような時間が過ぎていった。


その中で、とりわけ僕の
思い出となったのは、特急いそかぜ停車中の

ホームから離れた線路上でヘッドマークの交換をしていた作業員さんが、

「近くで写真撮りたいの? いいよ降りてきて」

と、予想外の言葉を思いがけず掛けてくださったのだ。


特急いそかぜのヘッドマークにも触れることが出来、写真も撮れた。

(後日現像した写真の仕上がりは・・・・暗くて・・・・残念。)

でも本当に忘れられない体験をさせていただいて本当に感謝。



最後にやってきた列車は、ジョイフルトレインふれあいSUN-IN。

デビューしたばかりの車両を見られて感激だった。

ふれあいSUN-IN号。米子駅で

こうして、米子駅での鉄道写真の宴を終えた僕は、

大阪までの帰りの列車、急行だいせん6号が到着するのを待つことにした。

 

国鉄山陰本線米子駅。

境線に乗ってトコトコやってきたが、到着したときにはもう夕闇が覆い始めていた。


米子駅、そこは間違いなく山陰の数ある駅の中でも「中心駅」だった。



例えば前年(1985年)3月14日のダイヤ改正では長距離特急まつかぜ号を

二つの列車に分断することになったが、鳥取でも松江でもなく、ここ米子で切った。

 つまり、 ・
大阪~米子・・・まつかぜ号。  ・米子~博多・・・いそかぜ号。

となったことからはっきりわかる。


また、地の利も関係しているのかもしれない。

伯備線からの入口という事で、山陰本線の中で真っ先に電化された部分でもある。

いすれにしても非常に華やかな印象で、ちょっと昔の
ターミナルを感じられる。


そのようなわけで、山陰特急を写真に収めたいならこの米子駅がベストなのだ。

そして今、僕はここにいる。

さあ、これからこの夏最後の宴だ。

岡山から到着した知井宮行き特急やくも
国鉄境線、境港駅。

終端票が立つ、ホームの端のほうから自転車を肩に掛けて前に歩いていった。

そして、通路の右側のボックス席にすわり、4人分のスペースを贅沢に使った。

つまり、輪行袋に入った自転車をそのスペースに持ち込んだのだ。


乗客はそこそこだったが、混み合っているというほどではなかったので、

どこかにくくりつけるよりも僕にとって都合が良かったからだ。

さて、僕が乗り込んだ列車は、やがてエンジン音を上げて米子を目指し始めた。


ここ弓ヶ浜という半島は「砂州」という特殊な地形で全国的に有名な所。

この細長い半島をのんびりと走るこの路線は景色も美しく、心地よい。

余子駅、高松町駅、中浜駅と一つずつ進み、右手松林の先に米子空港が見える。

ちょっと昔懐かしのTDA(東亜国内航空)の飛行機・・・。


河崎口に着く頃にはずいぶん街らしい雰囲気が広がっている。

もう米子駅もかなり近くなっているのだろう。

町の中では列車がスピードを落とし気味に走っている。

富士見町、博労町を過ぎると終点の米子だ。


地方都市のターミナル駅。

ディーゼル車の香りプンプンする、国鉄テイストの駅。

到着したのは夕方なので少し暮れかかっているが、今から最後の夜の撮影会だ!
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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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