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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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ちょっと思い切って計画した北海道への鉄道旅行。

今から20年昔。まだ十代の身で、そうやすやすと何度もいける所ではない。

それは自分でもよく認識しているからこそ、ちょっと貪欲にもなる。

(実際、その後20年経つ今も踏み入れてはいない地なのだ。)


別に、一般の人が思うような貪欲とは違い、「あれも食べたい、これも食べたい」

というような分野ではない。

それは他ならない鉄道ファンとして、そしてサイクリストとしての

行きたいポイントを行きつくすことにかける貪欲さだ。


まず、日本最北端の駅「稚内駅」と最東端の「(東)根室駅」は、絶対行きたい!

でも、それだけで凄い距離になってしまうことがはっきりしている。

それでも他にも、網走駅、釧路駅、帯広駅、小樽駅など行きたい所が次々浮かぶ。

ロ-カル線の小さな駅も捨てがたい。厚岸駅や根室標津駅にもすごく魅かれる。

もちろん北海道のへそ、富良野駅もぜひ見たい。


う~ん。どうやってこの「行きたい所行き尽し計画」を可能な限り詰め込めるだろう。

時刻表とにらめっこしながら、あきらめて切捨てとつなぎ合わせの作業を

繰り返す日々が始まっていったのだった。
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牧野高校11期生修学旅行3日目夜の宿泊は長崎センチュリーホテル。

その夜、当時まだ続いていた歌のランキング番組で徳永英明が、

「輝きながら」を熱唱していた。

他にも流れていたはずなのだが、記憶にあるのはそれだけ。



さて4日目。長崎市内の自由行動の日だ。

センチュリーホテルのちょうど目の前には路面電車の線路があり、

低いモーター音で行き交う姿がつぎつぎと目に入る。

いきなりそれに乗っていく連中もいたが、僕たちはとりあえず徒歩で出発。


学校から指示されていたのは一つだけで「必ず平和公園に行くこと」。

それさえこなせば、そのあとは班ごとに好きな所に行けた。

僕たちは6人の班、鉄道ファンが2人、さだまさしファンが5人、無所属1人と、

趣味の重なる部分とそうでもない部分を抱えながら、

とにかくできるだけの希望を叶えようということになった。


それで確実に行く場所は、①自由飛行館(さだまさしの店)、②長崎駅、

③新地の中華街、あとは幾つかいわゆる名所を見ることに。


まずは最初に平和公園を制覇し、次に、戻って長崎駅を目指した。

もちろん僕にとっては初めて行く長崎駅なのだが、実は長崎は親父の故郷。

わが家にあった古い長崎駅のイメージ、ちょっと昔いや、かなり昔の、

長崎駅を脳裏に刻み、実際のその場所に向かっていった。

その姿は大きく立派な三角屋根の駅舎の姿だ。


でも、「長崎駅はもう随分前に建て変わったで」といとこが言っていた。

実は同級生にいとこがおり、彼も同じ修学旅行に来ているのだ。

(このことが後に大きなサプライズを呼ぶ)


話は長崎駅に戻るが、僕ともう一人の鉄道ファンである谷川君は、

今回の修学旅行中最大の興奮状態にあった。

例の三角屋根ではないものの、長崎駅になんとか到着し、

今まさに入場券を購入して改札口を入るところだからだ。

イメージと大きく異なる駅の姿も、それほどショックではなかった。


大雨の中往復したサファリランドの後はとにかく食事。

そして、クラスタイムとかいう時間があり、それぞれ12のクラスごとに

ゲームをしたり、キャンドルサービスをしたりして過ごした。

我がクラスはというと、「あっち向いてホイ大会」に熱狂した。


その夜は台風が上陸するかどうかという大荒れの天気だったが、

台風の目に入ることはなく、徐々に東側にそれていくのを夜遅くまで

ニュースで確認してすごした。



さて、台風一過の3日目はというと、雨は上がったものの霧がすごかった。

この日はバスで阿蘇山に向かい、
阿蘇火山博物館というところに着いた。

このものすごい濃霧の中、よくぞここまで来れたものだと感心した。

ドアが開き、みんな順番にバスを降りるはずだが、なかなか先に進まない。


後の方からクラスメートが「何やってんねん。はよぉ降りろやぁ」と大声で言う。

しかし、『進まなかった理由』は、実際に降りてみて初めてわかった。

霧があまりにも濃くなって、わずか5M先さえ見えないため、

たった一歩進むのも本当に恐いほどだったのだ。


でもただただ真っ白な景色の中、おそるおそる進むと自販機の灯りが

見えてきたので、もう建物に近づいてきたことがわかった。


博物館の建物の中に入るとそこは結構楽しかった。

迫力ある映像で火山や火口の様子が紹介されていたのだ。


その後、硫黄の粒と写真集がセットになった物をお土産に買った。

しっかりビニールに包まれていたが、例の「腐った卵の匂い」が付いてまわった。

写真集は、霧が晴れていたらちょうど見渡せるはずだった「草千里」、

火山の噴火口の様子などの写真集だった。


そんなふうにして修学旅行の前半を終えた僕たちは天気が回復してゆく中、

次の目的地、熊本へと向かった。

その三日目の午後は一気に爽やかなあおぞらが見えるようになった。


西肥バスのガイドさんが「シルバーブルーの歌」という

どうやら会社の歌らしき歌を歌っているのを聞きながら水前寺公園へ。




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深夜3時半の福知山駅。

急行だいせん号はこの駅に30分以上停車する。

だから多くの人が寝静まる中、今後しばらく訪れることのなさそうなこの駅を

もう一度しっかり目に焼き付けておこうと思い、途中下車することにした。

そして、席を立ちデッキに着いた頃、急行だいせん号は福知山駅に到着した。


改札口のある駅本屋だけが煌々と明るく、到着ホームには最低限の灯りだけ。

確かに、こんな真夜中にこの田舎の駅で降りる人はほとんどいない。

最低限の作業が出来さえすればいいのだろう。


このたびも旧型客車は健在。ゆったりと休んでいた。

「もしかしたら先日竹野で乗った奴かな」と思ったが、その確率は高くない。

まだ少なからず活躍していたのだから。

とはいえ、この風景をいつまで見られるのかなぁ。との思いでいっぱいだった。


そうして思いを馳せているうちに福知山駅での30分は過ぎていった。

午前4:08。この日の福知山駅の始発列車?急行だいせん発車。

僕はこの夜にやりたいと思っていたことすべてをやり終えたので、

もう何も思い残すことなく最後の眠りについた。


言うまでもなく、目ざめたのは大阪駅到着を案内する車内放送でのことだった。

乗客たちは荷物を整えて降りる準備を進めていた。

6:26。まだそれほど人が多くない10番線ホームに、無事に到着した。


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倉吉駅から急行になり、だいせん号は先ほどまでと一変して通過駅が増え、

わずかな照明しか点いていない小さな駅を次々スルーした。


この先、海はもう見えないのかなぁと思っている中、気付いたら鳥取駅到着。

0:39。定刻通りに鳥取駅出発。静かに、灯りが煌々と照るホームを出た。

少し眠かったが、そんな目をこすりながら僕は車窓を追った。

すると、一旦内陸部に向かった線路は再び海へと大きく向きを変えて行き、

岩美駅を過ぎてしばらく経った頃、また日本海の漁火が目に入ってきた。

「イカ釣り漁船かな」 そうつぶやきながらずっと眺めていた。


列車はその後、浜坂駅に着いたが駅は急行だいせんのホームだけが明るく、

別のホームに旧型客車の編成がたたずむ姿をぼんやり映していた。


列車はまもなく出発し、僕がどうしても見たかった余部鉄橋に向かっていった。

余部鉄橋・・・ちょっと昔、いや、半年前の年の暮れ、和風客車の「みやび」が

強風にあおられて転落する事故が起きた場所。

昨年の夏の旅行の際にはこの場所自体気にも留めずに通っていったが、

今年は「どんな鉄橋なのか確認しておきたい」と思い、眠い目をこすりつつ

この場所を通過する時を待った。


「余部鉄橋まだかな・・・・まだかな・・・・」 そう思って待ち続けていたが、

心地よいレールの響きが、何とも子守唄の様に感じ始めた。まずい・・・。


その時だった。線路の音が大きく響き、急に轟音になったかと思ったら、

その一方で、突然海の景色が開けてまたもや漁火が見えた。

鉄橋を渡りながら、視界をさえぎるトラスもないことに一抹の不安を感じ、

それでも夜の海の景色の美しさに感動した。


それからしばらく「和風列車みやび」事故の事を考えていた。

鉄道ファンとして貴重な車両を失ったこともだが、カニ工場の犠牲者の事も。


やがて香住駅に到着し先日の天文気象部の合宿地「竹野」が近づいた。

ほぼ真っ暗な竹野駅を通過する時まではなんとか起きていたが

興奮を覚えながらも眠気には勝てず、睡魔に負けて僕は眠った。

そして次に目ざめたのはちょうど福知山駅に着く直前だった。


野生の感とでも言うのだろうか。時刻は午前3時30分ごろ。

到着予定5分前だった。
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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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