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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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ひかり191号で到着した小倉駅ホームから階段を下り、

改札を出た僕たちはまず点呼を行なう。

さすがに600人近い大所帯だから何度も行なう点呼もやむをえない。


無事に確認でき、駅外のロータリーで待機していた観光バスに乗りこんだ。

最初に向かった場所は「青の洞門」。

それは大分県中津市の耶馬溪近くにあるトンネルとその一帯の総称だ。


到着した僕たちはガイドさんに言われるまま、駐車場から山国川の川原へ。

ただ、最も印象的だったのはそのあたりのきれいな景色と言うより、

歩行者用信号の青の時間の短さだった。

おそらく15秒くらいで点滅が始まる。

600人の大所帯が渡り終えるのに何度の赤信号を見たことか・・・・。


そこで記念撮影を終えた牧野高校一行は、一路
「杖立温泉」を目指した。

僕たちがその夜宿泊することになっていたのは
「肥前屋」という宿だ。

aaCCF20090831_00001.jpg

興味深いことに、ちょうど熊本県と大分県の県境に位置している。

そのため、同じホテル内なのに渡り廊下の西は熊本館、東は大分館と表示。

CCF20090831_00001.jpg

しかし、それでいて肥前屋という名前はいかがなものか。と、つっこみたくなった。

その夜は雨がしとしと降り始めたがあったかい温泉に身をゆだね、

満足のうちに床に就いた。


さーて、明日の九重登山はどうなるんやろうなあ。

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大阪市交通局の地下鉄御堂筋線を下車した僕たち。

そしてその後も続々と牧野高校11期生が続々と集まってくる新大阪駅。

僕たちはそんなことより眼下に見える在来線に心奪われ、

時間が許されている限りホームを行き交う列車が見える位置に立っていた。

といっても見えたのは特別なものではなく、この駅で見る定番特急「雷鳥」。

関西鉄道ファンにとっては愛すべき存在の代表格だ。


さて、この日僕たちが乗る新幹線は博多行きの「ひかり191号」。0系車両だ。

実を言うと、あと2本乗る列車を遅らせると「ひかり1号」だったが、ここは自制。

ちょっと昔の苦い記憶・・・6年生の時に先生に怒られた記憶を思い出し、

「ひかり1号に乗りたかったなぁ」とは言わないように思いとどまった。

でも正直な気持ち、100系車両には乗ってみたいとすごく思った。


さすが修学旅行だけのことはある。時間までに全員集合し、ひかりに乗り込んだ。

牧野高校修学旅行生一行は一路小倉を目指す。


さて、鉄道ファン(特に客車ファン)にとっては、新大阪を出てすぐの、

けっして見逃したくないポイント、ブルートレインの館、宮原客車区がすぐ見えた。


すでに到着した、昨夜発の寝台特急あかつき、彗星、つるぎ、その他、

まだまだ現役バリバリの、あざやかなブルートレインの姿が。

そして、名脇役「14系特急形座席客車」も脇を飾っている。

いきなり訪れたワクワクのひとときはあっという間に飛んでいってしまった。



新幹線ひかり191号は、前述の通り0系車両だった。

当時のスタンダード、16両編成で、1両あたり約95人の定員である。

我が校は一クラス49人×12クラスというマンモス校。

2クラス分の生徒が1両に収まらない。

それに先生方、カメラさん、スタッフを含むと約7両を占拠していたことになる。

今さらながら、「修学旅行専用車」なんてのも見たかった気がする。

ちなみに僕はいまだに修学旅行列車は見ても「修学旅行」というサボや表示幕を見たことがない


このひかり191号は結構多くの駅に停車するタイプだった。

とはいえ、道中の時間はみんな思い思いの過ごし方をして、

気が付くともう小倉駅に近い、お昼前になっていた。


まったくの別件だがこの頃、僕にはもう一つ新たな趣味が芽生えていた。

それはいろいろな缶ジュースを試飲して評価するというもの。

そして前情報として、九州には関西にないジュースがあることを、

つかんでいた僕は小倉駅到着がとても待ち遠しかった。そしてついに到着。


それでホームに降りるなり自販機を見つけて急いで駆け寄り、確認作業。

「あったあった!アクエリアスレモン!それにアンバサもあるで!」

思わず叫んでしまった。


高2の夏の旅が終わり、その興奮も冷めやらぬ1987年10月。

僕たち大阪府立牧野高校11期生の修学旅行の時がやってきた。

最近では沖縄や海外に行くようになったらしいが、僕たちの時代はまだまだ

オーソドックスな旅行計画で、九州北部5県にまたがるコース。

そして、僕にとっては小学6年の修学旅行以来、5年ぶりとなる新幹線。

まだ「のぞみ」の名称が生まれる前であり、ひかり号の旅行となる。

当然ながら300系も登場しておらず、100系が憧れの存在だった頃だ。


しかし、ちょっと昔『6期生か7期生』まではフェリー「さんふらわあ」での

修学旅行が我が高の主流だったらしいが、僕たちはれっきとした鉄道旅行。

ということで、国内の旅に大満足、大いに喜んでいた。


さて、どういう理由かわからないが、学校ではなく新大阪駅で集合ということで、

そこまではそれぞれに自由な方法で行くことになっていた。

それで、僕たちは京阪電車の樟葉駅で急行に乗り、淀屋橋駅まで行き、

地下鉄御堂筋線にのって新大阪まで行くルート、つまり、

最もオーソドックスな経路で新大阪駅まで行くことにした。


当然のことだが、大半の同級生もそのルートを選択しており、

車内は大きな荷物と大きな笑い声の乗客(ほとんど我が高生徒)で満員だった。


そんな中、地下鉄淀屋橋駅では村岡君が満員の電車に何とか自分も乗ろうと

して急いで駆け込んできた。満員だったがリュックも何とか車内に収まった。

しかし、うかつにも持っていた手さげ袋がドアにはさまれてしまった。

「Oh no !」 と外国人風に呟く村岡君は深いため息とあきらめの表情。


「その中、大事なもんでも入ってんの?」と、僕が尋ねた直後に扉が開いた。

彼はうなずき、見せてくれた。

中からは粉々のポテトチップスが出てきた。

「サラダの上にかけたらおいしいで!」 そんな慰めにもならない言葉をかけた。



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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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