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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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大村湾北部、東彼杵にあるカステラセンターは僕の期待とは違っていたが、

それでも味はとってもおいしいカステラだった。

家族へのお土産として一本購入してバスに戻った。


カステラセンターを出たバスは高速道路に乗り、福岡を目指して走っていった。

しかし、途中に見えた「嬉野温泉」の看板以外はほとんど何も覚えていない。


バスガイドさんの声に起こされた時にはすでに福岡市内。

そしてまもなく、バスは博多駅近くに停まり、そこから駅までは歩いていった。

駅の前まで連れて行ってほしい気分だったが、そうもいかなかったのだろう。

おそらく、全12クラス分のバスがいっせいに駅前のロータリーに入ると

大変な状態になるからだと思われる。


駅前に着いた時先生は言った。「少し自由時間や。集合時間を守れ。それから、

荷物を宅急便に出したりするなよ。荷物の重さも修学旅行の重い出や。」


それを聞いてかなりの生徒が「なるほど!そういう方法があったか!」と大喜び。

僕はそんなことより博多駅在来線を見るため、入場券を購入しに走っていった。




そこに停まっていたのは短い編成のL特急みどり号だった。

ひげなしのボンネット車両は当時の九州ならではだ。

結局見ることができたのはこれだけだったが、関西人にとっては大収穫!


さて、あっという間に集合時間が来たため、みんな新幹線改札口へ。

集合した僕たちはクラスごとに、順番にホームへと進んでいった。

先生の言葉を逆手に取り、結構身軽になったクラスメイトが多い中、

僕は荷物にまみれ、疲労感いっぱいの身体にむち打ち、新幹線に乗り込んだ。


3人がけのシートにすっぽり納まり、ひたすら爆睡しながら帰阪した僕たち。

その後の記憶が何にもなく、死んだように眠っていたのだが、

今こうして生きていることが、無事に帰った証しと言えよう。

しかし、新大阪駅はいつ通ったんだろう・・・・。
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空腹のまま一夜明けて、修学旅行5日目。

この最終日は大移動。朝ご飯を終えるとすぐにバスに乗って出発だった。

我が牧野高校ご一行様は長崎市街を出て大村湾の西側をどんどん北上し、

どんどん国道206号線をバスで走り続けていった。

「5日なんて早いもんやなぁ。あとはもう帰るだけやで。」なんて言いながら、

しょんぼりしていた僕たちだったが、その中の数人が突然、

バスガイドさんの一言で、大いに盛り上がる出来事があった。

「ちょっと右を見てもらえますか~。大村湾の中、正面に見えているのが詩島です」

(ほとんどの生徒:沈黙。 4人だけ拍手喝采)。

そう、詩島とはさだまさしが自費で購入して個人所有となった島であり、

その名前を知っていた4人だけが大いに盛り上がり、釘付け状態。

「あれがそうなんかぁ。・・・」 (その他の生徒 : 「ふ~ん。そぅ。」)


その後、バスは西海大橋を通り、数年後にハウステンボスになる所など、

大村湾の北の端にあたる地域を通って東彼杵町まで来た。

そして、最後のおみやげ購入地ということで一同が立ち寄ったのが、

カステラセンターとかいう場所だった。


ここに立ち寄ることは最初の予定から決まっていたことだったが誤算があった。

そこはメーカー直販店だったため、
福砂屋のはなかったのだ。

カステラセンターというくらいだから全メーカーの物があるかとの期待は外れた。

長崎を少しでも知る人は福砂屋のカステラを望むらしい。

僕自身はそこまで強いこだわりはないのだが、何となく残念だった。




[天満屋特選スイーツ]<福砂屋>カステラ
散々歩き回った後、センチュリーホテルまで長崎電気軌道の路面電車で帰り、

ようやく一日フル活動の長崎観光を終えた僕たち6人。

さすがにもうくたくたに疲れたので部屋に戻ってみんな昼寝を始めた。

周りで何が起こっているかも全く気付かないほどの爆睡。

気が付いたときにはもうすっかり日が沈み、夕食の時刻になっていた。

そうして、館内に修学旅行生全員集合の放送が流れた。


クタクタの後の爆睡の後。当然ながらおなかペコペコ。

いただきますと同時に、がっつくようにバクバク食べた。


と、そこに担任のK牧先生が僕に近づいて来られ、声をかけられた。

「おい、ちょっとこっちに来い。」

えっ?何だろう。(今日は)怒られるような事をした覚えがないけどなぁ。

と思いながら先生についていくと、「お前のおじいちゃんが面会に来られたぞ」

と、僕にとってはサプライズな出来事が!


僕自身はそれまでにも長崎のおじいちゃんとの接触があまりなかったため、

このたびもあえて連絡を入れることはしなかったのだが、

一緒に来ている同学年の従兄弟は前もって連絡をしていたらしい。

修学旅行4日目 自由行動の長崎 参照)

それで、がっついていた食事もそこそこに久し振りにおじいちゃんと話した。


しかしおじいちゃんは数年後に亡くなり、僕にとってはそれが話をした最後の日。

あまりにもあっけなかった。


と、話は戻るが、そんなサプライズの中、九州最後の夜が過ぎて行った。

でも、考えてみると晩御飯をちょっとしか食べていない。

腹ペコだったのに食事を中断したため、空腹のまま最後の夜が過ぎてゆく。

さだまさしの喫茶店、自由飛行館を出て僕たちが向かったのは、新地・中華街。

何でこんなに元気なん?というくらいの勢いで歩き始め、

まるでアホのひとつ覚えの様に「ちゃんぽん食うで~!」と、連呼する一行。


時刻はすでに1時を大きく回っていた。当然ながらお腹はペコペコ。

考えてみると平和祈念公園に行き、長崎駅に立ち寄り、そこからめがね橋、

自由飛行館と進んだその全行程を歩きで行ったのだからその時刻も当然だった。


やがて、「もぉ、倒れるぅ。」と言いつつ早歩きで中華街に入り、ある中華料理店へ。


お店に入るなり、みんなはすかさず「ちゃんぽん!」と声を合わせて注文したが、

僕はその場で心変わりして、「皿うどん!」と、和を乱した。

さっきまでの「ちゃんぽん食うでぇ」は一体どこへ行ったのやら。

しばらくして料理が出てきた。みんなはスルスル、僕はバリバリ。

それぞれに違う音を立てながら空腹のおなかは満たされていった。


ようやく食事を終えた僕たちは新地・中華街をぶらぶら散策した。

ふと目に留まったべっ甲細工のお店でメンバーの何人かがお土産を買っていた。

そこにあったバイオリンを象ったべっ甲細工はすごく奇麗だったが、眺めて満足。

僕はその隣りのビードロ細工のお店で、お土産を選ぶことにした。

ビードロとは、ガラス管の先が丸く大きく膨らんだ様な物で、可愛い。

息を吹き入れると、先の部分がペコッペコッと音を立てる。

ちょっと昔っぽいインテリア、そしてちょっとした玩具だったようだ。


こうして、長崎市内の見物を予定通り終えた僕たちは大通りに出た。

そこで、路面電車の停留所(
長崎電気軌道に並び、

ちょっとしたプチ鉄道旅行を楽しむことにした。



よく見てみると、同じようにして路面電車を利用する牧野高校の生徒が大勢。

混雑具合だけ見ていると大阪市内の通勤電車の状況とさほど変わらなかった。

もっとも、路面電車は一両で走っているのだが・・・。



僕たちは電車に乗り込み前方に立つことができたので中から前方を見つめ、

景色を眺めた。すると、線路が別の方向と分かれていくのが見えた。

そこで、さだまさしの
「長崎BREEZE」 という歌を思い出した。

「気付かぬうちにポイントを乗り換えていた

あの時も後で乗り違えたことに気付いた・・・・」

そんな歌詞があったなぁと思い出しながらボーっとしている間も電車は進み、

長崎駅前を通り過ぎて、ついに浦上のセンチュリーホテルに到着した。

一日の市内観光は、おそらくみんなが行った所とはあまり重ならなかっただろう。

グラバー邸もオランダ坂もまったく行かなかったのだから。

 
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目的地は自由飛行館。

それはきまっているが、行き方もわからないまま中島川に沿って西へと進んだ。

とんだ長崎市内観光だ。

そして、一番のさだまさしファンで自由飛行館の情報を記憶している中西君が、

「たしか・・・興福寺かそうふくじか・・の近くの場所だったはず・・・」

という、何ともぼんやりした記憶を搾り出すように語り出した。

そして地図を見てみると、それらしいものがある。

「でも、両方あるやん。一体どっちなんや?」そうつぶやいたが、

興福寺の方は、ちょっと前に目の前を通り過ぎていたと気付き、

「それじゃあ、そうふくじの方かな」 ということで、それを目指すことにした。


何だか琉球風の崇福寺が見えたとき、そのすぐ右に目をやるとプロペラ機の絵。

そう、正しかったようで、僕らは到着できたのだった。



ちなみに、この「自由飛行」だが、さだまさしのレコード会社がfree flight recordで、

そのまま日本語に直したもの。黄色いプロペラ飛行機のマークが目印だ。

僕たちは、中の喫茶コーナーに入ってまずメニューを眺めてみた。

僕がさだまさしの歌の中で好きな歌は「パンプキンパイとシナモンティー」で、

それにあやかって、その両方を頼んでみようとしたが、パンプキンパイは

メニューにはなかったため、仕方なくシナモンティーのみ注文した。


初めて知ったが、シナモンの枝というのは薄皮を巻いたようなものだった。

テーブルに置かれたシナモンティーに、僕は何も考えずその枝を実際に使って、

ふと我に返った。「記念に持って帰ったらよかったのに!」

そう言って、すぐに拭きとり、乾かして持って帰ることにした。


そのあと、お店の一角にあるさだまさしグッズのコーナーを見て回り、

窓際のところに置かれていた水色のポーチを買って僕らは店を出た。

さて、これからやっと昼飯じゃ!中華街に行ってうまいもんを食べるぞ。

元気よく店を出た。そして言った。

「中華街ってどっちの方やろ?」


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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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