忍者ブログ
HOME > 東京ほか鉄道旅行記(中1)の記事 RSS   Admin NewEntry Comment
JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
  • 2017.04≪
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • ≫ 2017.06
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

大沢君の家でお昼ごはんをいただきいて午後からの時間、

僕たちは予定通り 電車とバスの博物館に出かけた。



あまり東急には詳しくないけれど、いもむしのようなデハ204が

かなり味わい深い電車であることくらいは見て取れた。





それからバスの行き先表示幕をいろいろ変えてみたりして

なかなか楽しい時間を過ごすことができた。



帰りの電車は8500系電車だった。

慣れない電車もだんだん好きになり始めていた。

僕たちは最前部に立ち、すれ違う電車をじっくり見ながら過ごした。



大沢達也君は、「この紫の線の電車は地下鉄の乗り入れでな、

少し前に永田町から半蔵門まで運転区間が延びたんだ」

と、関西弁と東京弁の混じった言葉で説明してくれた。



そうしているうちにまた東急SCのマークが近づく。
たまプラーザだ。

さあ、明日はいよいよ撮影会三昧の一日を送るぞ。

東京近辺の列車を片っ端から追いかけまくるぞ!!



東京ミニ周遊券では大宮まで行けるけど、本当に行くのかな?

旅はまだまだ続く。
PR

僕たちはとにかく色々な電車に乗って色々な列車を見たかった。

それで、東海道本線の快速に乗って川崎に向かった。


先程見たばかりの車両基地ではあったが、

到着した寝台特急たちが並んで疲れを癒している感じだった。

川崎に着き、そこから南武線に乗ることにした。

目指すは 東急田園都市線たまプラーザ、大沢君の家だ。

つまり、南武線で武蔵溝ノ口まで行って乗り換えるのだ。



武蔵溝ノ口に着くと、そこで東急側の駅構内で

ひとつのポスターに目がとまった。

「電車とバスの博物館」

そこで大沢君が言った。

「そうそう、これがこの前言うてた新しい博物館なんやで」

僕たちに影響されて大阪弁に戻っているのが可笑しかった。


そして、僕たちは大沢君の家でお昼ごはんをいただいたら

その 「電車とバスの博物館」 に行くことにした。


あざみ野を過ぎ、列車はたまプラーザ駅に到着した。

駅を出ると東急グループの大きなマークがついた

「東急百貨店」が印象的だった。






大沢君の家に着くとおばさんが笑顔で僕たちを迎えてくれた。

「よろしくお願いします」そう言ってお昼ごはんをいただいた

1983年8月9日深夜。

すれ違った寝台特急出雲3号と紀伊を見た後、

あの禁断のA寝台車を「仕方なく」(わくわくしながら)通り抜けて

自分たちの車両に戻ってきた。

そして、もう遅いのでとりあえずしばらく寝ようということになった。



既に眠い目の はせやん と
旅行慣れした大沢君はコテッと寝た。

でも僕は一人興奮冷めやらぬまま・・・・。



そこで通路の補助イスに座って外を眺めることにした。

というのも、当時の14系車両はまだ3段式B寝台だったため、

上段の僕のベッドからはまったく窓が見えなかったからだ。



流れ行く車窓を眺めているうちに列車は富士駅に到着。

時刻表に時刻は載っていないので客扱いはされない。

既に、到着したこのホーム以外は灯りも消え静まりかえっている。

隣りのホームには身延線カラーの赤に白帯電車が眠っている。

(参考資料 : 
WIKIPEDIAより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:JRC-EC115-2000-Minobu.jpg



列車は再び走り出した。ようやくいくらかの時間僕も眠った。

目覚めたのは朝6時目前、横浜駅到着の案内放送の時だった。

特に気にしてはいなかったが、車内放送がまったく途絶えたまま

ここまで来ていたという事にそこで改めて気付いた。



横浜を出るとラストスパート。あと25分ほどの旅路だ。

その時、大沢達也式のこだわりが少し理解できた。

つまり、
手前の駅で降りた方がたとえ便利でも、

終点まで行って余韻を楽しみたい 
という思い。



残りわずかになったその時間、僕はずっと外を眺めていた。

東京機関区、品川客車区そして田町電車区。

それら車両基地を見るうちに眠気は消えた。

そして、そこに「サロンエクスプレス東京」の姿もあった!

「サロンカーなにわ」と並び、ジョイフルトレインのルーツ

とも言うべきこの列車を見て興奮は最高潮に達した。




そして、6時25分。

列車は定刻どおりに東京駅に滑り込んだ。

僕たちは、ほとんどすべての乗客が降りたのを見て

名残惜しい思いいっぱいで仕方なくタラップを降りた。



早朝の東京駅はもうすでに通勤客の波でごった返していた。



「おぉ~ここが東京かぁ」

そう言って、あの有名な丸の内口、レンガ造りの駅舎に向かった。


 CCF20081106_00000_edited.jpg
 
日付はすでに8月9日。

出雲2号は名古屋に到着し、僕らはホームに降りてみた。
 
これから併結することになる寝台特急紀伊は隣りのホームに
 
すでに到着し、静かに時を待っている。

写真では貫通扉がほんの少し開いている。

CCF20081106_00001_edited.jpg
 
出雲2号のEF65PFは一旦切り離されて去って行った。
 
そして、紀伊が東京方面にゆっくり動き出して
 
少し先のところで一旦止まったのが見えた。
 
やがて戻ってくるようにこのホームに向かってきた。


 
  
作業員さんの指示の下、ゆっくりと慎重に近づく。
 
「・・・ガッ・・チャン・・」と、表現しにくいほど静かに、
 
深夜の寝台車の連結作業に相応しい、騒音のない作業だった。


実際にはまさにこの作業で1年前に大きな事故が起きていた。

下りの出雲3号が切り離された後の特急紀伊に

名古屋以降の先頭に立つDD51が勢いよく衝突した事故だ。

その教訓が生かされていたに違いない。


 
  
 
「すっげぇなぁ」
 
そう言いながら僕らはその作業を見守り、振り返っていた。
   
作業を終えて出雲2号と紀伊は名古屋を後にし、一路東京へ。



名古屋を出る時、ある目的があって列車の最後部に乗り込んだ

それは、ほんのまもなく下り出雲3号&紀伊とすれ違うからだ。

僕たちの測っていた通りの時刻にすれ違い、その姿を見送った。

CCF20081106_00002_edited.jpg

「今から、出雲3号と紀伊の、さっきの作業がまたあるんやなぁ」

でも、そろそろ寝ないと明日の朝がきついぞ。
1983年8月8日。

寝台特急出雲2号東京行きはゆっくりと走り出し、京都を出た。
 
僕たちはついにこの憧れの列車に乗り、
 
窓の外を眺めながら自分たちの席を探した。



 
  
京都駅を出るとすぐ鴨川の鉄橋を渡り、東山トンネルに入った。
 
この辺りまでは去年の能登への旅行の際と同じだ。
 
しかし、山科を通過したあと線路は二手に、
 
北陸方面(湖西線)と東京方面(東海道本線)に分かれて行く。



 
  
僕たちは自分たちの席に辿り着き、ベッドにゆっくり座ってみた。
 
今思えば、特別すわり心地がいいはずはないと思うけれど、
 
初めて味わう感触が「最高の乗り心地」感じさせてくれた。



 
  
荷物を置き、僕らは車内を探検した。
   
この列車は紀伊勝浦から来る寝台特急「紀伊」と

名古屋で併結するため、あまり長い編成ではない。
 
それでも営業していない食堂車が連結されていて楽しい。

「ここで卓球でも出来そうやなぁ」などと笑っていた。
 
本当に、この列車は鉄道ファンにとって見所満載の列車なのだ。
   



探検していると、
僕にとっては物珍しい事だらけだった。
 
たとえばB寝台車の通路に、補助イスがいっぱいある。

寝疲れそうもないとき、窓の外を眺めるのにピッタリな感じだ。



 
  
僕らはA寝台車までやってきた。
 
扉を開けて、少しだけ中を見ることができた。

禁断の場所・・・とでもいう雰囲気を見た。
 
それだけですっかり満足し、とりあえず座席に戻ることにした。


 
  
通路の補助イスに座り外を眺めていると車掌さんがやってきて、
 
「ご乗車になっていましたか。こちらの席のお客様ですよね。」
 
と、安堵の表情を浮かべながら検札してくれた。
おそらく探検中に訪れてくださり、探しておられたのだろう。

朱肉のない判子のようなもので、「は」と押されていた。

 CCF20081106_00000_edited.jpg
 
そうしているうちに列車は名古屋に着き、僕らはホームに降りた。
[1]  [2]  [3]  [4
ランキングボタン
鉄道COMへGO!
にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道乗車記録へ
↑応援してね↑
ウェルカムボード・表札
ウェルカムボード
プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
おすすめ鉄道グッズ
ブログへのコメント
[02/24 smilykaz]
[07/22 smilykaz]
ちょっと昔・・・携帯
鉄道旅行バナー
当サイトはリンクフリーです
ご自由にご活用ください
鉄道旅行バナー
鉄道の本を探すなら
 
楽天ブックスで探す
楽天ブックス
雑誌名:旅と鉄道、鉄道ジャーナル、鉄道ファン、ダイヤ情報 など。 検索:路線名、車両形式名、列車名など
ちょっと昔 写真館 目次
117系のページ公開しました。 キハ40系 更新しました!
フリーエリア
国鉄特急電車物語(直流電車編)

国鉄特急電車物語(直流電車編)

価格:1,995円(税込、送料別)

国鉄急行電車物語

国鉄急行電車物語

価格:1,890円(税込、送料別)

わが国鉄時代(vol.2)

わが国鉄時代(vol.2)

価格:1,800円(税込、送料別)

鉄道旅行-ちょっと昔の旅 Produced by smilykaz
日めくりカレンダーBLUE Designed by がりんぺいろ
忍者ブログ [PR]