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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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京都を出発しておよそ1時間。

敦賀が近づくと赤い交流電気機関車EF70の大群がそこにいた。

そこは敦賀第二機関区だ。



もちろん直流電化の関西では決して見ることのできないものだ。

それらを十分堪能していると最初の停車駅、敦賀に着いた。



この雷鳥15号は比較的停車駅が少ない。

次の駅は福井だ。

京福電鉄の車両が向こうのホームに見えている。



その後、芦原温泉、加賀温泉、小松に停車し、

終点金沢に向かうのだが、

その辺りから僕はすれ違う列車を見るため窓に張り付いていた。

時刻表によると、金沢に付く前に「加越」と「白鳥」の2列車が

すれ違うことになっていたからだ。


まず「加越」とすれ違った。

そして「白鳥」・・・・

あれ、こないなぁ遅れてるのかなぁ・・・・

西金沢を通過。きたっ!!

その瞬間、カメラのシャッターをきった。


(反射的にしては上出来?)

そして列車はゆっくりと金沢駅の北の端のホームに滑り込んだ。
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1981年12月30日、まもなく正午。

雷鳥15号が来るまでにあと45分ほど。



さすがに親父が「ちょっと休憩しようや」と言った。

そうしてベンチに腰掛けていたところ、

近所に住む友達の加藤君兄弟が2人でカメラ片手に歩いていた。

「おぉ、加藤君やんか」

「あ、カズ君も写真取りに来たん?」

「あ、うん。」

加藤君は母子家庭で決して経済的余裕がない事を知っていたので

旅行に行くことは言わない方がいいと子どもながらに思った。

それで、「気ぃつけてな!」とだけ言って別れた。




そして、ようやく待ち焦がれていた時間がやってきた。

485系ボンネット型先頭車だ。

まだ文字だけのヘッドマークが今思えば懐かしい。



ついに、初めての特急旅行が始まる。

金沢行きL特急「雷鳥15号」である。

扉が開き、中に入ると今まで見たことのない世界が広がっていた。

そしてわくわくドキドキしながら自分の座席を探した。



席をとるとすぐ、親父はある場所に連れて行ってくれた。

12両編成の車両全体の中ほどにある、食堂車だ。

親父はカレーライス、僕はサンドイッチセットを注文した。

カレーは、あのいかにも「カレーですっ!」という感じの器

(ゴールデンカレーのパッケージに描かれているあの器)

に入って ルー が運ばれてきた。

「日本食堂、なかなかやるねぇ~」なんて言いながら、

自分のサンドイッチセットが来るのを待った。



サンドイッチをほおばりながら外を眺めようと思ったのだが、

それがなかなか。

京都から湖西線の初めの区間はトンネルだらけだった。

でもやがて右手にびわ湖の景色が目に入り、

それを眺めながらのリッチな?(たかがサンドイッチ・・・)

ランチタイムだった。


「日本食堂」と書かれたおてふきは記念に持って帰った。

あれ、手は洗ったのかなぁ。(しかもサンドイッチ・・・・・)

生まれて初めて向かうみどりの窓口はとても緊張した。



頭のなかで言葉を整理して、

「すみません。雷鳥9号で金沢までです。

大人一枚と子ども一枚ください。」


完璧だ・・・・。と思ったが、

駅員さんは無言で事務的な作業をし、一言・・・

「指定席は満席ですね」と言った。

自由席もこの時期は座れないと言われて大きく動揺した。

「じゃあ11号でもいいです」

駅員さんはまたも無言で事務的に同じ作業をした。

しかし結果は同様だった。



そこで親父が助け舟を出した。

「何時の列車なら指定券とれますか?」

(へぇ~なるほど、そうやって聞くのかぁ~)

「12時半の雷鳥15号ならあいてますねぇ」


「じゃあ、それでお願いします」



あっという間に決まってしまった。

ただ、約2時間の時間をつぶすことが必要になった。

しかも、お昼を食べるにはまだ早すぎる時間だ。



そこで、またもや例のスポーツが始まろうとしていたのである。

名づけて「走る!列車撮影会!」

雷鳥号など珍しくないかと思いきや、

僕は偶然にもまだ見ていない形式があったのだ。



雷鳥に使われる車両には583系、485系があったのだが、

485系の先頭車にも3種類あったのだ。

・ボンネット型の 0番台
・貫通型の 200番台
・非貫通型の 300番台

その中でまだ見ていなかった、200番台の先頭車を

この日初めて見ることができた。

それから、もうひとつ、この日初めて見たのは

EF66型直流電気機関車だ。

まさか後にブルートレインの先頭に立つことになるなど

考えもしなかったころの、普通に貨物を牽いている姿だ。

少し経って年の暮れ、1982年を迎えようとしていた頃、

親父が突然言い出した。

「七尾の富美子おばさんのとこに旅行しようか」




七尾・・・・それは石川県、能登半島最大の都市である。

距離的に見ても、大阪からの鉄道旅行としては

なかなかそこそこのボリュームがある。

僕はもちろんのこと「行く行く!」

当然の返事である。

それで初めて交通公社の大型時刻表を買ってもらい、

穴が開くほど調べに調べた。




そして、北陸本線のページがぶよぶよになる頃、

「金沢までは雷鳥に乗ったらいけるねん。

朝やったら、9号か11号ぐらいがええわ」

そういってとりあえずそのへんに目をつけた。

今考えるとまるで女性の服のサイズにもきこえるが・・・



そうして当日。

いつものように京阪電車に乗って京都に向かった。

近鉄に乗り継ぎ、京都駅に到着。

そこにはまた今日も大好きなEF58がいた。



「やっぱり国鉄の駅は一味ちがうわ」


そうつぶやいてから、みどりの窓口に向かった。

1981年秋のある日のこと、

僕と友人数名で京都の梅小路蒸気機関車館に行くことになった。

両親も僕が繁華街で遊びまわることなど心配無用といった感じで

すんなりOKしてくれた。



そうして京都駅を出て友人の一人が、

「タクシーに乗ろうやぁ」と言い出した。

無駄なお金を使いたくない面々(僕も)が断固拒否し、歩いた。

といってもものの15分も歩けば着く距離である。



そこで見たSLはたしかに迫力いっぱいだった。

特にC62の姿は力強くて印象的だった

でも・・・

いかんせん僕たちにとってはあまりにもなじみが薄く、

その分感動も薄かった。


それで僕達はその物足りなさを埋める“ある方法”を思いついた。

そのまますんなり京都から枚方に帰るのではなく、

大阪回りで帰ろうと考えたのだ。

お金も・・・なんとか足りる!(タクシーに乗らなくて良かった!!)

それで急いで京都駅で京橋(大阪環状線)までの切符を買った。

駅に入ると大好きなEF58型直流電気機関車が留まっていた。



大喜びしつつ、乗ってみたかった新快速の5番線に行った。

15分ごとにやってくる新快速はすぐに現れた。



日中の新快速は適度にすいている。

僕らは二人がけの座席の向きを替え、

向かい合わせのボックス席にした。



列車は走り出した。

京都駅の建物の上に、「新快速 大阪まで29分」と書いてあった。

わずか30分弱の旅だが、すごいわくわくする。

さっき見たばかりの梅小路蒸気機関車館が見えた。

そしてしばらくすると西日本最大の車両基地、向日町運転所が!

僕らは釘付けになってながめた。

ブルートレインも485系電車特急もキハ82やキハ181も・・・・・

夢のような時間が過ぎていった。

「また見に来たいなぁ」

みんながそうつぶやいた。



列車はどんどん駅を通過し、ついに新大阪も通過した。

そう、この頃は特急停車駅の新大阪さえ通過していたのだ。

最後を飾るように大きな淀川鉄橋を渡り、大阪に着いた。

期待以上にエキサイティングな30分間だった。



最後におまけのプレゼントでもあるかのように、

ふたたびEF58に出会うことができた。

何の列車だったかは記憶していないが、

とってもうれしい“おまけだった”











 

 

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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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