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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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1982年11月某日(伏せているわけではなく覚えていない。上旬・・)

枚方市立牧野小学校6年生一行は広島への修学旅行。

いつものように京阪電車。

牧野駅から乗り、近鉄線に乗り換えて京都に行った。



僕たちが乗るのは、ひかり501号。

新幹線に乗るのは初めての体験だ。



それにしても「なんで新大阪じゃなくて京都から乗るんやろ?」と

クラスメートの多くも疑問に思っていたのだが、

列車が京都を出発してまもなく、そんな雑念は消えた。



走る新幹線から淀川をはさんで向こうに自分たちの地域が見え、

「こんなふうに見えるんやなぁ」と感激の気持ちに変わったからだ。



列車は新大阪へ。

宮原客車区が見え、ブルートレインのあかつき、明星、彗星など、

数多く留置されているのに僕らは釘付けになっていた。

当時は あかつき が長崎・佐世保行き1~4号まで、

明星、彗星も複数、583系電車と24系客車で設定されていて、

ほんとうに華やかな時代だった。だから当然、車両基地も華やか。



そこから、トンネルだらけの区間を過ぎ、姫路、岡山と停車した。

広島までのたびは本当にあっという間だった。



さて、このたびはあくまで修学旅行なのでメインはやはり

原爆ドームや平和記念公園だ。
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1982年8月14日の金沢駅。

丁度お盆休みの真っ只中で、ものすごい人で溢れかえっていた。

それは特急ホームに限らず七尾線の0A、0B番線も同様だった。



せっかく金沢に来たのだからと、金沢観光をすることになり、

改札を出てバスに乗って兼六園を見に行った。

姉は白い九谷焼の風鈴をひとつ買って大事そうに鞄に入れた。

そうして特急白鳥に
間に合うように15時ごろ駅に帰ってきた。



七尾線0Aホームには、臨時急行「ゆのはな」が

      ※急行ゆのはなの画像リンクをご提供いただきました。こちらから。

青と茶色で彩った丸型の特製ヘッドマークをつけて留まっていた。

また、14系座席車で編成された雷鳥52号の姿も見えた。

「やっぱり夏の時期の金沢駅はひと味違うなぁ」

CCF20080829_00050_edited.jpg

そんな興奮を感じつつ

前回同様 加越 号を見送った後、

ついに帰りの白鳥号がやってきた。




ぼくたちはこの白鳥号で食堂車を利用することにした。

座席が11号車(全12両編成)のため、食堂車は遠かったが、

なんとかたどり着くことができた。

16時の食堂車はガラガラの貸し切り状態でのんびり食事できた。



食堂車の窓から外を眺めていると加賀温泉駅に着いた。

そこで隣りのホームに留まっていた475系急行型電車の

ヘッドマーク(いわゆる北陸急行型)が「立山」や「くずりゅう」

などの記載のない名無しの白地だったことが印象的だった。



座席に戻った後、ぼくは少し眠ってしまったようだ。

その後タイミングよく目覚めたので

敦賀第二機関区の交流機の姿も見ることができた



列車は湖西線を経てやがて夕暮れの京都駅に着いた。

冬のあの暗さと同じ時刻だとはにわかに信じがたい。

僕は茜色に染まる西の空の下に消えてゆく白鳥を最後まで見送り

一抹の寂しさを抱えつつ近鉄ホームに向かった。

1982年8月14日。

思い出深い、第二回能登旅行もとうとう帰りの日を迎えた。

親から離れて姉弟で行く初めての鉄道旅行。

親がいたら絶対しなかったような経験もした。

まさか線路上を4Kmも歩くなんて親は予想もしなかっただろう。



富美子おばさんが七尾駅まで一緒に来て見送ってくれ、

七尾名物「みそまんじゅう」をお土産にくれた。

そうして僕らは七尾駅を後にした。



帰りは急行能登路である。(たしか4号?はっきり覚えてない)

やはり金沢までの時間は短く感じた。

帰りは座って帰れて姉もホッとしていた。

線路沿いの電線をボーっと辿っているうちに

どんどん進んでいった。



羽咋駅には「千里浜」ののぼりがたくさん立っていた



本津幡、中津幡、津幡辺りは右向きの長く大きなカーブだ。

そして北陸本線に合流、特急白山とすれ違った。

やがて、右側に大きな車両基地、金沢運転所が見えた。

485系北越や雷鳥、475系急行型電車などもいる。

そして、あっという間に金沢駅に着いた。

急行能登路1号とそのロマンスカーを見送った後、

お昼から僕たちは
海水浴に行くことになった。



行き先は七尾から3つ目の駅「笠師保」で、

そこからさらに歩いて20分ほどの海水浴場だ。

帰りの列車の時間を確認したので、それに間に合うように

夕方まで目いっぱい泳ぎ、帰ろうとしたとき姉が・・・・

財布落としたみたい」と言い出した。



必死に探して見つけられたのは良かったが、列車はもう行った後。

次の列車は・・・・1時間後。



気持ちを落ち着けようと、笠師保駅前の小さな商店で

焼きいもアイスを買い、食べながら姉が突然言った。

「次の駅まで線路の上を歩いてみよか?」



そうして約4キロの道のりをてくてくと歩き出した。

枕木をひとつ飛ばしで歩くと結構な歩幅になる。

なかなかいいペースで僕たちはどんどん進んでいった。



しばらくたった頃、急に踏切が鳴り出した。

線路から避けて一段下から見上げると上り急行 能登路が通過した。

「気をつけなよ」とでも言うかのように「プウォ~ン」と鳴らしていった。



しばらく進み、少しペースを落として小さな川の鉄橋を渡っていると

再び踏切が鳴り出した。 「急げ~!」。

今度は下りの急行 能登路だ。

まさにこのころの七尾線は急行王国という感じだった。



結構長く歩きにくい
ウォーキングの末

約1時間後、田鶴浜駅が見えてきた。

そんな僕たちの後方から次の列車がゆらゆらと見え始めていた。



田鶴浜駅には駅員さんがいて、「カチャンカチャン」と音を立てて

硬券切符を渡してくれた。



和倉温泉、七尾と、わずか二駅の汽車旅は長く感じた。

泳ぎ疲れ、歩き疲れた僕たちは、

夕焼けに染まる西空を見ながら帰途に着いた。

 

余談になるが、焼いもアイスは昭和57年発売だったようで、
この頃はまだ新発売だったのだということをごく最近、改めて知った。
記事中のリンクを参照。
京都駅を出発した雷鳥15号は爽やかな夏空の下、

快調に飛ばし、北をめざした。

遠くに琵琶湖大橋が輝いて見える。



列車は敦賀までノンストップ。

前回同様、敦賀第二機関区を見ながら敦賀駅に着いた。

雷鳥15号はその後も武生や鯖江を通過する、速達型の特急だ。



今回僕らは食堂車でなく、車内販売の駅弁を食べることにした。

北陸本線と言えば・・・「ますの鮨」

初めて食べる駅弁はやはり実際以上に美味しく感じた。

そうこうしているうちに列車は金沢駅に着いた。



到着してひとつ、雷鳥15号で良かった!と思う出来事があった。

前回見たとき485系ボンネットタイプだった「はくたか」が

今回は貫通型の485系200番台の先頭車だったことだ。



当時とっても遠い存在と思えた「上野口の特急」を

しかも2タイプ見られて本当に嬉しかった。



さて、喜びを感じながら乗り換えに向かう。

あの、金沢駅ならではの 0A番ホームだ。人でごった返している。

僕たちがホームに着てから、列車は入ってきた。

扉が開き、僕は得意げに言った。


「姉ちゃん見てみて、これ。おもしろいやろ!

手でお開けくださいって書いてあるんやで」



しかし、姉はそんなことより座席に座りたかったらしい。

海水浴シーズンでもあり、人でごったがえす車内。

「疲れた~。座りたい~」と不機嫌になった姉と

2時間にわたる立ちっぱなしの旅が進んだ。



海水浴客で賑わう羽咋でもあまり人は減らず、

ようやく座れたのは七尾までもうすぐ、金丸駅を出てからだった。



七尾に着いたとき、前回とは違い、

まだまだ明るい爽やかな夕焼け空だった。

迎えに来てくれていた富美子おばさんと

駅前のユニーで買い物をして家に向かった。



長距離旅行の教訓:まずは座席をキープ!(特に女性と一緒なら)
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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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