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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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この日の新山口駅はたくさんの横断幕と旗が掲げられていた。

そこに掲げられたデザインは通常のSLやまぐち号のヘッドマークがあしらわれていて、バックのえんじ色もきれいで気に入ったのでアップで撮影してみた。



とても意外で嬉しかったのは「おごほり」と書かれた駅名標。

筆字で書かれた駅名標が沿線の多くの駅にあるのは知っていたが、この駅のものはまだ見たことがなかったから、あるとしても「しんやまぐち」と書いてあると思い込んでいた。



車内だが、出発間近になるまでは乗客もほとんど外に出ており、中はガラガラだった。写真は一番後ろに当たる1号車。



出発時刻が近づいてきた。だんだん人が増えてきた車内。

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新山口駅の改札に一番近い1番線にSLやまぐち復活運転30周年記念号はいた。
そのセレモニーが盛大に行なわれる中、僕は12系客車を含む全体像をとらえたいと思ってちょっと急ぎ足でお隣の2番線ホームに渡った。同じことを考えた人はたくさんいたようで、1番線から2番線に渡る人の波が出来ていた。

しかし、そうこうして移動しているうちにヘッドマークの取り付け式はあっけなく完了してしまった。と言うわけで、取り付け完了した姿をいろいろな角度から見ていただきたいと思う。


ここの鉄道ファンたちはおおむねマナーがよく、写真を撮ったら次の人に譲ってくれたりした。お陰でなんとかそこそこの記録写真が撮れて良かった。旅行者たちもノビノビとした雰囲気で出発までの時間を楽しんでいるように見えた。



特製ヘッドマークを戴き、ちょっと誇らしげなC57の姿と、後ろに続く12系客車のコラボレーション。またふたたび見られる日が来るのだろうか。もちろんこのヘッドマークが付くことはもうないだろうが。



じっくり眺めると、ひとつひとつがいとおしく見えてくるから不思議だ。例えば、おそらく今では珍しいんじゃないかと思う「板バネ」。こういう部品を使っていたのかぁとやけに興味がそそられる。



石炭は溢れんばかりのてんこ盛りに積み込まれている。こんなに大量に炉の中に入れる作業をすると想像しただけでも、ものすごい過酷な労働だと思う。機関士さんたち、本当にありがとうございます。



5両という、比較的短い編成だったので全体を十分収めることが出来た。スハフ12の後端部にはテールマークなどは取り付けられていない。これでこそ復活時の姿だし、これこそ12系車両の「慣れ親しんだ姿」だと感じるのは僕だけだろうか。



スハフ12の後端はちょうど跨線橋の下にあり、跨線橋の上からは90%写真になった感じだが、それなりに満足できた。


車両内部とその他の様子は第4部で。


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30周年記念ヘッドマーク

30年前の、復活運転開始時の姿で運転されたSLやまぐち号復活運転30周年記念号。その運用に就いたのは「京キト」(=京都総合運転所)所属の12系5両だった。そう、ちょっと昔の鉄道旅行風景に欠かせない、名脇役たちだ。

一番後ろ、新山口側から1号車、スハフ12 129。

スハフ12

車両の外装状態もなかなか良い状態が保たれているように思う。塗装のツヤが見て取れる。

続いて2号車はオハ12 352。

オハ12

この352という番号はけっして300番代という形式なのではなく、通常の量産型が大所帯と言えるほど数多く製作されたことを物語っている。生産時期は量産第3期にあたる。同じことはこの後の車両にも言えることだ。

3号車はオハ12 341。

オハ12

これほどまで数多く作られ広く活躍してきたこういう車両が、「なつかしの」車両と言わんばかりに扱われるようになるとは思いもしなかった。とはいえ、こうして残り少なくなったものの、元気に活躍する姿を目の前で見る機会が訪れたことを、本当に幸せに思う。

4号車はオハ12 346。

オハ12

余談だが、こうして車両番号に注目してチェックしていると、やけにその近くにある「自動給水」の文字が目に付く。ただの撮り鉄の僕が、車両部品にまで興味を持つようになるとしたらこんなきっかけなのかなぁなどと思ったりした。しかし、今のところそこまで突っ込む余裕はないが。

そして、5号車はスハフ12 155。

スハフ12

以上の5両が今回のSLやまぐち復活運転30周年記念号の運用に就いた客車たちだ。そして、やはり主役は牽引する機関車、C57 1 だ。

C57とスハフ12の連結部

当たり前のことだが、12系客車としっかり連結されており、力強く感じた。ちょっと昔から感じていたことだが、連結器の形は「堅い握手」に見えてしょうがない。僕だけだろうか・・・。

C57の機関士室とナンバープレート

この黒光りした車体が重厚感を増してくれる。昭和12年せいぞうということだから、すでに72年の歳月を走りぬいてきたことになるか。そんな大ベテランを動かす機関士は大ベテランとヤングマンのコンビだ。若い機関士にとってこの仕事は大変な労力だと思うが、よくぞ担ってくれていると思う。今後も検討を期待したい。

次回は隣りのホームから写した全体像を取り上げたいと思う。第三部に続く。



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2009年8月1日、SLやまぐち号の復活運転記念日でついに30周年を迎えた。
1979年のあの日、テレビのニュースで見たあの日からもう30年も経過したのかと、時の流れの早さに本当に驚いてしまう。

新山口駅はこの日、当然のことながら大盛況だった。



セレモニーが行なわれる中、そちらに注目する人はほとんどおらず、耳だけ傾けながらも視線も思いも12系車両とC57にばかり目が向いていた。



最後部に行ってみると、イベントスタッフばかりで意外だった。
C57の周りは人だかりで移動も困難なほどだったが、この日限りの12系車両に興味を持つ人はこんなにも少ないのか。

その理由の一つがこの後すぐにわかった。
それはオリジナル・ヘッドマークの取り付け式が行われることになっていたからだ。

そのヘッドマークは取り付け直前までホーム上に飾られていた。


ポイントは真ん中の、女性の絵。貴婦人の愛称で親しまれるC57ということなのだろう。なかなかインパクトある、良いデザインではないかと思う。JR西日本もなかなかやるではないか。SLやまぐち号は快速だが、特急と見まがうほどの風格を感じさせてくれた。

さあ、これからヘッドマークの取り付け式が執り行われる。



第二部に続く。


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廃車回送が立て続けに行なわれた14系車両。シュプール車両、ムーンライト九州車両と言われていた塗装の車両を中心に、ブルートレイン風塗装のノーマル14系も廃車回送に含まれていたことが多数のブログでも報じられていた。

そこで、その後車両たちはどうなっているのかを見てみたい・・・・と思って下関車両センターを訪ねてみた。そして同時にEF66やEF65PFはどうなのか。それも知りたい。

ムーンライト九州カラーの14系座席車

下関駅近くの車両センターに2両、ムーンライト色が留置されていた。
車両番号はスハフ14 203 と、スハフ14 201だ。
いずれも、カーテンは閉じられ、暫く経てば幡生に移動することになるのだろう。
つまり、解体・・・・ということだ。

そう言えば、ここに2台しかいないということは・・・すでに幡生へ?

それは後に確認するとして、EF66はどうなっているのだろう?これまでに得た情報では46号機が解体されたということ、そして50号機にもその決定が下り、解体が始まっているとか。

今日、2009年7月31日の確認では、42、43、47、48、49、53号機の存在は番号を確認することができた。そしてあと2台のEF66がいるのが見えた。51、45号機か。
ひとつ嬉しかったのは、53号機のみだがブルートレイン牽引機の札がのこされていたこと。

ちなみにEF65PFは1120、1131、1136号機ともう一台が存在している。


さて、ここから幡生に移動してみた。
すると予想したとおりに彼らがここにいた。
車番は以下の通り。

スハフ14 32 。すでに窓は撤去されており、車体・骨格のみの状態にされていた。
この車両はEF66 49に牽引されてきた5両のものではなく、その前に(22日?)3両で廃車回送されてきた車両の一つだ。そして、その際に一緒に回送されてきたオハ14 207 およびオハ14 165 の姿はどこにもとらえることができなかった。おそらくすでに廃車・解体されたものと思われる。
一般色スハフ14 32解体中

次ぎにムーンライト九州カラーのオハ14 208。こちらはこれから解体に入るという段階で、まだ手を付けられてはいない。しかし屋根の上に写っているショベルカーの黄色いアームが不穏な印象を掻き立てる。

廃車待ちの状態

そしてオハ14 258。こちらもこれから解体作業をおこなう順番待ちの様相を呈していた。

まもなく廃車

あともう一両、車両庫に入っているものがあった。一般色のスハフ14なのでおそらくスハフ14 10 ではないかと思われる。

さて、EF66の解体のことだが、46号機が解体済みというのはやはり本当らしい。そして、50号機は・・・幡生にあった。
なぜかクモハ42の隣りにあった。
「まだ生きていたのか」 と思わずつぶやいたが、確かにうわさ通り解体は開始されていた。左のヘッドライトも割れているのが分かる。
EF66の廃車・解体も始まっている

なんてことない正常なEF66の姿に見えるが、よく見ると扉は開いているのではなく、外されているのが分かる。そして、車内の通路部分に立てかけてある。これはもう、解体以外の何物でもない。

扉のひんじもはずされているEF66

下関で確認した両数は8。今後も目が離せないEF66。そしてEF65PF。
そして、しっとりと見送ることになる14系座席車両。

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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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