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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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旅行者とは程遠いずぶ濡れの格好であったかいうどんを食べた奥びわ湖

体温を回復して、僕たちはふたたび自転車で走り出した。

国道8号線をまたすこし北上し、やがて左折して湖西を目指した。

ふと目をやると永原駅が見える。


大きな地図で見る
そして、ちょっときつい坂を上ってトンネルにはいる。

狭いトンネルで、自転車などお構いなしにトラックが追い越してゆく。

何とか通り抜け、長い坂をびゅーっと下った時、ついに湖西国道161号線に出た。

距離的には全行程の中間地点は木之本あたりだが、

やはり湖西線を見ないことには「まだ片面」という意識が強かったのだ。


国道161号線を南下し始め、あっという間にマキノ駅に着いた。

今は他にもあると思うが、その昔、カタカナだけの駅名と言えば、

北海道(函館本線)のニセコと、ここマキノだけだったということで有名な駅だ。


丁度そのマキノ駅の側を走る時にボンネットの485系雷鳥が通り過ぎていった。

雨が一向に止む気配すらなく、疲労がかなり来ている時にも、ビタミン剤となる。


ここからの道では僕たちと同じようにロードレーサーに乗ったグループと、

何度となくすれ違った。

「こんな雨の日に・・・」と思ったが、きっと相手もそう思っていただろう。


近江今津駅和邇駅びわ湖大橋、そして浜大津駅

長い長い湖西線沿いのツーリングだったが、

最後まで僕に元気を湧き上がらせてくれたのはビタミン剤・・・いや鉄剤だった。

485系と113系、時折583系や、EF81を先頭とした鉄剤が投与された。

だからか、逢坂山を過ぎて京阪京津線から離れてから淀までの長かったこと。


ついに最後まで雨が止むことなく3月28日17時半ごろ、宇治川と木津川の連続橋、

御幸橋まで帰ってきた。


最後の鉄分はやはり京阪電車。雨の中で輝きを放つ樟葉駅の姿に、

「こんな樟葉駅を見るのも初めてかな」とつぶやく。

奇しくも、行き帰り同じ言葉を発してしまった。


ついに僕たち5人は解散。18:00頃、自宅に到着した。合計20時間。

うち、降雨時間19時間35分。

身に付けていた雨合羽はズボンが裂けて半ズボンのようになり、びろびろ。

鉄道旅行の味わいとはかなり趣を異にする旅だったが、

この経験がその後の乗り鉄スタイルに大きく影響することになる。



 ちょっとだけ鉄道を感じた自転車旅行 その1 はこちら

ちょっとだけ鉄道を感じた自転車旅行 その2 はこちら
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国鉄米原駅。午前2時半ごろに僕たちは到着した。

雨は一行に止む気配がなく、降りしきっていた。

みんなはこの駅に付いた途端、休憩モードに入ってしまった。

あったかい缶コーヒーを飲みはしたが、4月にようやく手が届こうかという時期、

伊吹山からそう遠くないこの場所は確かに寒かった。

でも、その寒さよりも疲労感が打ち勝ってしまうみんな。


その中でただ一人、休息よりも鉄分を欲しがる人が一人。そう、僕だ。

米原駅東口構内のベンチでみんな横になっていたのだが、

僕は何とかホームが見える位置を探し、いいポジションがみつかった。

そして、一人でその場所で休憩をとり、ホームを見つめた。

午前2時半から6時近くまでの間、みんなは眠りこけていたが、

僕は眠ってなどいられなかった。

何しろ、この時間帯と言えば上りブルートレインが次々やってくる時間だからだ。


残念ながら上り列車のホームは遠い側になり、しっかりと列車を観察したり、

判別したりさえ出来ないものが多かった。でもそこそこ満足だった。

そうした中、僕を一番満足させてくれたのが、583系電車化されて間もなかった

急行きたぐに だ。


季節列車となっていた急行立山の廃止と同時に、きたぐに が14系から電車化。

その列車をここで見ることが出来た。幸いにも東海道本線で言えば下り。

大阪行きの急行きたぐに は、すぐ近くで見ることが出来た。

            急行きたぐに、14系時代の姿はこちらでちらっと・・・                
鉄道旅行になかなか行けなかった中2時代

ヘッドマークは現在のものではなく、「急行」と赤で書かれただけのものだったが、

サイドの表示幕は列車名もしっかり書かれたものだった。


こうして、みんなと共に休息をとることもなく、夜行列車の宴を楽しんでしまった。

はたして、体力は大丈夫なのか・・・? 

不安を抱えながらも記念に米原駅入場券まで買ってくるちゃっかり男。


ゆっくりと、国道8号線を走り出した僕たち。

左に米原電車区を眺めながら坂を上り信号を左へ。(左折8号線、直進21号線)

僕たちはまず、体温を回復することが必要だった。

それなりのスピードでこぎだしていくと、意外と早く長浜駅に着いた。

やはり、明るくなってくると走りやすく、スピードにものりやすい。


そのまま僕たちは北上を続け、まだ降り続く雨の中、木之本へ。

メンバーの一人は以前にもこのコースを走っていたらしく、

朝食は奥琵琶湖ドライブインで採ると決めていた。

そこで食べたあったかいうどんのことは忘れられない。


しかし、実は昨年(2008年)、そこを車で通った時に見たらつぶれてしまっていた。

       ちょっとだけ鉄道を感じた自転車旅行 その1 はこちら
中学校の卒業式を終え、クラスメートたちと共に総勢5人で思い出作り計画をした。

とはいえ、お金がかかる旅行は高校の夏までしないことに決めていたので、

最もお金をかけずにそれなりの距離を楽しめる旅行!ということで、

自転車旅行に出ることになったのだ。


あえて言うまでもないが、この旅行で鉄道を感じたのは部分的だ。

でも所々で出会った列車たちは思い出深い。


大きな地図で見る
さて、いわゆる卒業旅行。僕たちの決めたルートは大阪・枚方の実家から、

京都へ、そして琵琶湖の東側を北上して木之本、そして湖西線沿いに南下する。

そう、びわこ一週自転車旅行だ。


1986年3月27日21:50。お天気に少し不安。

それでも、この日を逃すと別の日ではみんなの予定が合わないことから決行。

まずは京阪電車樟葉駅を右手に見ながら府道13号線を走る。

この位置から夜に樟葉駅を眺めたことはあまりなかったことに気付く。

左に見える淀川越しに16両編成の0系新幹線が走っているのが見えた。

当時は0系と100系だけだったので、2階建て車両のあるなしで夜も見分けられた。


八幡市駅に近い所から左折し、木津川、宇治川を渡る連続橋「御幸橋」を渡る。

そこから少し川上、よく見える位置に京阪電車の鉄橋が掛かっている。

自転車でこの「御幸橋」を渡った頃、つまり家から約20分ほどの所で、

心配していた雨がポツポツと降り始めた。「いきなりかぁ」。


渡ってすぐ右手に京阪淀車庫がある。

僕達の自転車は京阪電車と平行する道路を、淀駅に近い納所、横大路と進み、

国道1号線を横切って京都外環道に入る。

この辺りからは京阪本線から離れ、京阪宇治線に接する。

観月橋駅の横を走りぬけ、六地蔵駅の看板の灯りが見えた後、

北寄りに方向が変わる。しばらくして山科の地名が現れる。


新幹線のガードをくぐると再び国道1号線に出た。

国道を東にすすむ。京都東インターの入口を避けて逢坂山の坂道を登っていく。

京阪京津線の80形が回送されていくのが見えた。

しかし、そこでなんと第1回目のアクシデント!

メンバーの一人、敏之の自転車がパンクしてしまったのだ。


降りしきる雨の中、5人は足を止めてパンク修理に徹した。

ちょうど交番の入口の明かりがある所での修理となった。

ちなみに、蛍光灯の明かりではなく、赤い玄関灯だ。はっきり言って暗い。

傘もない中、黒い大きなビニール袋でみんなが屋根を作り、何とか修理を終えた。


再び走り出し、逢坂山を超えて下ると、ついにびわ湖に出た。

僕達はびわ湖の東を北上して西に回って帰るので、まず栗東草津を目指す。


ここから長い間、鉄道との接触がない。

そんなストレスからか(?)僕の自転車がパンクしてしまった。

僕のタイヤはチューブラータイヤで簡単に交換できるのだが、

雨で手がすべるため、なかなかリムにはまらなかった。

何とかやり終えて走り出そうとしたが、みんなコンディションとテンションが降下。


それで雨でみんな靴がずぶ濡れの中、コンビニに入った。(迷惑・・・)

そこでレジ袋を多めにもらい、みんな靴下を脱いでかわりにレジ袋を履いて、

靴を履いて出発した。HOT SPARさんありがとう!


黙々と走り続けた後、ようやく米原駅に着いた。

             ちょっとだけ鉄道を感じた自転車旅行 その2 はこちら
高校受験をひかえていた中学3年の頃。

別に勉強をするわけでもないが、鉄道旅行とは無縁の生活を送っていた。

そしてなかなか鉄道写真を撮りに行けるわけでもなく、静かな生活だった。



そんな僕の鉄分は時刻表だけ。言わば、イメージトラベルをするのが楽しかった。

ある日僕が目指した旅先は北海道。しかも青春18きっぷで鈍行の旅。

果たして一日で北海道に・・・・行けるかっちゅうねん!


とりあえずどこまで行けるかやってみることにした。

早朝の京都駅。ここまでは自転車でOK! (イメージトラベルですから・・・)

いつも見慣れている北陸本線・湖西線のページと東海道本線・山陽本線上りの

ページを見比べ、どちらが琵琶湖の北、近江塩津、敦賀に早く着くか確かめる。

やはり湖西線だ。でも意外とその時間差は大きくなかった。


敦賀からさらに北上。

福井駅では少し乗換時間がかかる。じゃあここで羽二重餅でも食うか!

ちょうどこの頃、寝台特急車両だった583系が改造されて生まれた419系が、

北陸本線に配置された事を思い出し、それに乗っての旅を思い浮かべた。


金沢近辺は幾らか列車本数があるが、富山から先は随分少ない。

地方の幹線鉄道は特急が支えているのだと実感した。

青春18きっぷも特急に乗れたらいいのに~  (そりゃ大赤字だ)


また次の列車まで時間があるから、駅弁でも食うぞ。富山と言えば、ますの寿司

やがて次の列車。魚津では富山地方鉄道と平行して走り、糸魚川直江津へ。

越中宮崎は修学旅行で見た駅。


その後も乗換を繰り返す。直江津、青海川、柏崎と進む。

この柏崎駅からは日本海沿いの出雲崎、分水方面への越後線が出ている。

しかし、列車本数が少なくて却下。信越本線で長岡、三条、加茂、新津へ。

信越本線はこのまま新潟に向かうが、そうなると新潟から白新線で新発田へと

ちょっと距離が長くなるためタイムロスが出る。

そのため、新津駅から羽越本線に入り、新潟駅を回避するルートを選んだ。

新津駅から新発田、村上と進み、鼠ヶ関駅到着。このあとは列車はない。

ずいぶん進んでは来たが、北海道は遠かった。もはやこれまで。


考えてみれば、特急白鳥に乗っても朝10時台に出て、

日付が変わる頃着くのだから、鈍行でここまで来ただけでもすごいことだ。

*********************************************************

とまあこんな事をして遊んでいた中学3年の頃。

ふと思い立って、先ほど「今なら鼠ヶ関より先まで一日でいけるかな」と、

現在の時刻表で確かめてみた。その結果は・・・・・・


やっぱり鼠ヶ関までしか行けなかった。

今も、ちょっと昔も地方の幹線鉄道は特急が支えているようだ。


修学旅行四日目。     (1日目から見たい方はこちらから)

僕たちはついに枚方に帰る日となった。


大きな地図で見る

再びバスに乗って帰る道中は、高速道路のない木曽路へとのんびり向かい、

きのうも通った白馬駅前、信濃大町を通過し、松本市街を通り抜けて南下。



バスの中で、このたび初のビデオ上映が行われた。

「風の谷のナウシカ」だ。

シリアスな物語と皆の疲れとが重なってバスの中の空気は静まり返っていた。



塩尻で国道19号を右折し、少し行った高架橋から左側に塩尻駅が見えた。

その後、国道は国鉄中央本線と平行する。

洗馬日出塩辺りは線路が時折見え隠れ、贄川駅の右側をバスは走った。


その後、線路が左に移ったのに気付いた直後、奈良井でまた右側になった。

そんな事を繰り返しながら、木曽福島町を過ぎた。

この頃から、バスガイドさんが馬籠宿の説明を始めた。

これから立ち寄ることになっているのだ。

その内容は、島崎藤村の記念館のことやこんなことやそんなこと。



くねくね曲がる山道に入り、やがてバスは到着した。

僕たちは言われるがまま島崎藤村記念館に入ったが、友人の一人が言った。

「この家、トイレか全部で4つもあったで。」

・・・・・言うまでもなくそれは観光客用のトイレだった。



同じ場所で自販機を指差しながら、ジュースマニアの友人「信行」が、

「ここな、アンバサ売ってるで!」と嬉しそうに叫んでいた。

アンバサはこの頃関東や九州にはあったが、関西では未販売だったのだ。



さすがにこのあたりまで来ると疲れが頂点に達していた。

クラスメートのほとんどもすっかり眠り込んでいたが僕も同様だった。

ここから先のことはほとんど寝ていて覚えていない。

途中、岐阜羽島付近で名神高速道路と新幹線が平行、すれ違った所以外は。
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smilykaz
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性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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