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JRが国鉄と呼ばれていた「ちょっと昔」に戻ってカズ少年が鉄道の旅へご案内
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絶滅危惧種に一気に浮上してきた感がある14系座席車。

 元々、12系をベースにして波動輸送用の特急形座席車との目的で製作された車両だ。簡易リクライニングシートが採用され、当時の特急車両としては申し分なかった。個人的な記憶で申し訳ないが、雷鳥51号~、金星51号~、踊り子51号~、つばさ51号~など(いずれも臨時特急)などが印象に残っている。この「臨時特急=51号~」というあたりが、ちょっと昔らしさを感じさせてくれる。

 しかし、鉄道全般の高速化、短編成化&運転本数増加の過密ダイヤが各都市圏で一般的な傾向となる中、遅れが生じやすい客車列車は経営側から敬遠されるようになってきた。やがて、昼行特急には向かないということで、季節の夜行列車用として配置されるようになった。そのあるものが、「シュプール号」シリーズ、また「リゾート白馬」などの列車だった。ただし、過密ダイヤの中組み込まれたため無理があり、旅行者たちからは「安いけど遅い」という悪評が聞かれていたという。

 それらがやや下火になった頃、「ムーンライト」シリーズの一角「ムーンライト九州」に使用され、今日に至っているものもある。しかし、この度マスコミによって明らかにされたように、車齢も重ねて老朽化してきたこともあり、廃止・解体のニュースが聞かれるようになっている。

 鉄道旅行の味わいぶかさを物語ってくれた存在がまた姿を消す運命にあるようだ。

★鉄道写真はクリックすると大きくなります

オハ14-207 ムーンライト九州色 下関車両センターにて撮影。撮影した直後に「ムーンライト九州」の廃止のニュースが報道された。比較的、まだ色鮮やかなオハ14-207。

ムーンライト九州がひっそりと引退・解体


14系時代の急行きたぐに 大阪駅3番線で大阪駅に到着した14系客車時代の急行きたぐに。原色のままの姿がむしろ新鮮な感じがする。寝台車両の14系と比べると、屋根がずいぶん低いことが明らかにわかる。

写真の記事:大沢達也がやってきた


スハフ14-32 下関車両センター 上記の「ムーンライト九州色」の14系とともに下関に来ていたと思われるスハフ14-32。カーテンはすべて閉じられていて中は見ることができなかった。





急行まりも 1988年 14系時代 札幌駅に到着した急行まりも。北海道の14系車両は、豪雪対策として(寝台車・座席車ともに)折り戸ではなく引き戸になっている。そうして雪が挟まって扉が開かないという問題が解消された。この当時は他にも急行大雪、急行利尻、急行天北などがまだ現役であり、札幌を中心とした夜行急行ネットワークが機能していた頃だ。鉄道旅行の形の変化はここにもはっきり見られる。



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TOMIX 92322 14系客車4両セット※10年1月発売予定予約品※
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元、客車。そんな経歴を持つ異色のディーゼル車両、キハ33形。ちょうど今、ムーンライト九州の話題に驚き、ここ数年、客車の長距離列車の相次ぐ廃止の話題が続いているが、今から20年ほど前にもそれと似た状況にあった。それは旧型客車の淘汰が終わり、レッドトレインとして知られた50系客車にまで余剰車両が出始めていたのだ。

そして、その50系客車の車体を流用して改造製作されたのがこのキハ33形気動車だ。 横から見るとその形は50系客車と間違えてしまうほど、原型をとどめている(もちろんまったく同じではない)。製作両数はわずかに2両。そして不思議だが、車番は1001と1002。一桁番号は存在しない。

米子区の後藤車両所で誕生し、その後も現在に至るまで山陰本線や境線あたりで活躍してきた。


山陰本線鳥取駅で停車中のキハ33

キハ33の大きい写真へ
 ← クリックすると大きい写真が開きます




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言わずと知れた、元祖ブルートレイン「20系」。
14系や24系が登場して華々しい定期寝台特急の運用からはずれた後も、寝台急行「銀河」や「天の川」、「新星」ほか、多くの急行運用に活躍し続けていた。中には一部車両を座席改造して、異様に天井の高い(開放的な?)車両で走っていた急行だいせん他に見られるようなケースもある。
それだけでなく、多客期には臨時特急として「××51号」~といった列車設定も多く、特に1980年代には頻繁に見られていた。


急行ちくま 20系時代 EF58に牽かれて大阪到着間近の急行ちくま。この後、様々に使用車両の変遷を経験したちくま号だが、この頃が最も華やかだった気がするのは僕だけだろうか。
鉄道アーカイブス 国鉄東海道本線とEF58電気機関車


大阪駅10番線で出発を待つ上り急行 銀河1981年撮影。急行でありながら絵入りテールマークを掲げていた急行銀河。やはり、常に各時代にあってワンランク上の急行という印象を与えてくれたように思う。
富士はやぶさ、そして東京ブルトレの思い出 Vol.3 リスト


臨時特急明星51号 大阪駅で1986年の夏、臨時寝台特急の嵐のようだった。この明星51号もそのひとつ。そして、乗客の列。まさか、この後わずかで定期列車の明星が幕を閉じようとしているなんて想像もできなかった。
山陰へ出発する直前の大阪駅で。20系 その1


臨時特急日本海51号 大阪駅上の写真と同じ日に撮影した臨時特急。こちらは日本海51号。同じ日本海縦貫線に定期の日本海が2往復、つるぎ、急行きたぐに とある中、こうして臨時列車の需要も大きかったようだ。
山陰へ出発する直前の大阪駅で。20系 その2


臨時特急あかつき51号 大阪駅にて このころ、定期のあかつき1往復が明星と併結運転するようになっていた。つまり、定期運転は1編成の半分だけ減っていたということになる。その埋め合わせをするために、こうして臨時列車を設定していたのかもしれない。
この写真を撮っていた時点では「夜行列車安泰」という印象を抱いた僕だが、よく考えるとすでに衰退がここからはじまっていたような気もする。
山陰へ出発する直前の大阪駅で。20系 その1



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キハ30系の老朽化に伴う置き換え用として製作された形式で、1986年に登場している。当初は7両すべてが高崎運転所所属で八高線の運用に当たっていたが、現在ではそのすべてが幕張車両センターに移籍し、久留里線の運用のみとなり、キハ30、キハ37と共通運用となっている。

残念ながら、写真はわずかしかない

 久留里線のキハ38
2009年6月撮影。専用塗装を施され、久留里線で活躍している。都心からそれほど遠くないところにあるローカル鉄道だが、その味わいぶかさはとても魅力的だ。


キハ38 1000番代アングルの設定の余裕もないまま踏み切り近くで写したため、ダメ写真なのだが、資料としてはあってもいいかと思って載せてみた。



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117系近郊型直流電車は、それまで関西圏の新快速用として活躍していた115系の置き換えとして昭和54年にデビューした車両だ。デビューからしばらくは、京都~大阪間を29分で結ぶために新大阪にも停まらないというダイヤが組まれていた。L特急雷鳥をはじめ、その他の特急もすべて新大阪には停車していたため、この新快速が特急以上のスピードを誇る電車として人気だった。

その後、東海地区の快速用としてオレンジ色のラインの117系が投入され、長きにわたって活躍した。今でも時折その当時のままの姿を見ることができる。現在関西地区の一部路線と山陽本線西部などで見ることができるが、1989年に主役の座から降りて、すでに20年が経過した。

デザインコンセプトが、後にL特急踊り子などで活躍する185系にも引き継がれているという。確かに何となく似ている。ただし、117系のほうが流線型で洗練されたデザインだと思う。(個人的感想です)


下関駅9番線ホーム停車中懐かしい、デビュー当時の新快速カラーで今も山口県内の山陽本線を走っている117系。2009年3月に撮影。前面の方向幕(表示幕?)が真っ白なのは少し残念だ。
写真の記事:富士はやぶさ、そして東京ブルトレの思い出 Vol.5 下関駅で待つ



国鉄京都駅にて新快速の運用に就く1981年12月撮影。京都駅で出発を待つ新快速。表示幕に光る新快速マークがかっこよかった。当時15分間隔で運転されていて、京都発が0,15,30,45。
そして29分で大阪に着き、1分停車で同じように発時刻がきっちりだった。
写真の記事:新快速の旅と梅小路蒸気機関車館


サンライナー 岡山駅にて岡山近郊区間で活躍のSUN LINER(サンライナー)。赤からオレンジ色のグラデーションが美しい塗装。そして、表示幕には快速サンライナーとの表示が掲げられている。しかし、2009年3月から大幅に削減されたらしい。



117系の室内から 運転台の眺望
その昔、新快速として運転していた頃はシートで目隠しされていて前を見ることなどできなかったが、現在ではよく見える。117系はパノラマビューのようになっているので特にその眺望は素晴らしい。


宇部駅停車中の下関行き普通117系2009年3月14日。宇部駅。ちょうどブルートレイン富士はやぶさの下り最終列車を待っているときに来た117系普通列車、下関行きだ。デビュー当時と同じ新快速カラーで今も走っているのは非常に懐かしく嬉しいものだ。
その日の記事:富士はやぶさ最終章 本当のお別れ 前編




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プロフィール
HN:
smilykaz
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1970/12/19
職業:
ステッカー製作
趣味:
国内鉄道旅行
自己紹介:

けっして後ろ向きの性格ではないが、
昭和の国鉄風情をこよなく愛し、
ちょっと昔なつかしいもの好き。
古いものを大切にする・・・のかも。
思い出の品、焼いもアイス、ラムネ
昭和の香り漂う鉄道旅行、愛好家。

昔風情いっぱいの日本昭和村がある岐阜県美濃加茂市に近い坂祝に本籍地がある。偶然。長良川鉄道やJR高山本線・太多線など鉄道の要所に加え、ちょっと前まであった坂祝セメント貨物など、鉄分もいろいろある所だ。

現在は、日本海側のある街でイラストやデザイン表札の仕事をしている。
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